グガァァァァン!!!
「危ない!!」
「キャッ!」
ジューンへと飛びかかり、地面に倒して自分の体を彼女の上に乗せる!
吹き飛ばされた家の破片が、ヨーヴとジューンの上を飛んでいく!
巨大な爆発音が過ぎ去り、残ったのは地獄のような熱さ。
これは……
「な、何だ!?」
ジューンから起き上がり、二人は爆発のあった方向を向く。
そこでヨーヴが見た物は、とてつも無い恐怖を彼に与えた。
巨大な……炎に包まれたかのように熱い体をした化け物。口から煙を出しているという事は、今の爆発は奴による物という事か。
しかも、奴の後ろには似たようは怪物が何匹も……
「キ……キャァァァ!!!」
「ジューン、逃げよう!」
そう叫び、ジューンの腕を使んで家の奥へと走るヨーヴ。そして引っ張られながらも走るジューン。
二人が走り出すと、すぐにあの怪物達は家の中へと入って来て、辺りに炎を撒き散らす。後ろからまた新しい爆発が聞こえ、それがヨーヴとジューンの足を早める。
リビングを出ると、廊下ももう火の海へと化してしまっていた。あまりの熱さで目も開けていられない。
取り敢えず他の子達を助けようと右へと向く。しかし、
「うわっ!」
そこには既にあの怪物が行く手を阻んでいる。
「ど、どうするの……?」
「仕方無い、左だ!!」
そう叫び、二人は廊下の左を走る。幸いその方向にはあの怪物はいない。
あまりにも頭が混乱してしまい、今自分が一体何をしているのか、何所へ走っているのか分からない。ただ、あの怪物達から放れようと走る。
彼等が逃げ回っていく中、最後に行き着いたのがマキの部屋だった。
「い、行き止まりよ……!」
「わ、分かってるよ!……クソッ、どうすれば……」
一階から、子供達の泣き声や叫び声が聞こえる。家がどんどん破壊されていく音が、止む事無く轟き続ける。
ついさっきまで、とても静かな夜だったのに、一瞬にして炎の地獄へと変えられてしまった。こんな事……目の前で起こっているというのに、現実だとは思えない。全てが悪い夢だとしか思えない。
何故……このような仕打ちを受けなければならないのか。
パニックの中何をしようかと考えていると、ヨーヴは窓から脱出出来るかと考えた。窓を開け、外を確認する。
『……駄目か。』
窓の外のすぐ下は、すでに炎に包まれている。飛び降りたとしても、火の海に飛び込んでいくのは自殺行為だ。
すると、何かが爆発する音が近くで聞こえる。
「ヨ、ヨーヴ!」
「すぐ近くまで来ている……!」
とっさに扉を閉めて、鍵をかける。無駄だとは分かってはいるが、何もしないよりはましだ。
「ど、どうするの!?」
「ク、クソ……!」
慌てながらも、辺りを見渡す。何か……何か使えそうな物は無いのか。
ただの棒きれでもいい。身を守れるような物が、何所かにあるはず……
……あれは……
開きっぱなしの押し入れの中に、不思議な物が入っている。
あれは……刀?マキが刀を持っていたなんで聞いた事が無い。それに……束と鍔が重なる所には何やら細い布のような物が縛ってある。
「……よしっ!」
考えても仕方が無い。ヨーヴはすぐにその刀へと走り、鞘から抜く。
……美しい、虹色の刃をした刀だ。その姿を見るだけで、その滑らかな切れ味が分かる。
「これなら……!」
すると、
ズゴォォォ!
「キャア!!」
「くっ!」
鍵のかかったドアを炎で焼き落とした化け物は、ゆっくりと部屋の中へと入る。それと同時にジューンはヨーヴの後ろへと回り、彼の肩を震えながら握る。
そして、その化け物に睨みつけられたヨーヴは、震える手で虹色の刀を構える。
剣術など全く経験の無いヨーヴだったが、今は何としても生き延びなければいけない。
「く、くそぉ!」
殆ど我武者羅に怪物へと切りかかる。しかし、怪物は腕を振ってヨーヴをはじき飛ばす!
燃える壁に激突し、そのまま倒れるヨーヴ。しかし、彼はそれでもゆっくりと立ち上がる。
「ヨーヴ!」
「ジュ、ジューン……!こ、ここは俺にまかせて……君は早く……!」
「そ、そんな……!」
「いいから早く!」
「………」
ジューンは一歩も動こうとはしない。恐くて動けない訳では無い。一人になるのが恐い訳でも無い。彼女はヨーヴを一人にしたくは無いのだ。
そう言いあっている内に、怪物の口から赤い光が放たれる。
『ク、クソッ……!』
怪物の口から、巨大な炎が吐かれた!炎はヨーヴへと一直線に走る!
「うわっ!」
横に回転し、直撃を防ぐ。そしてすぐさまに立ち上がり、再び怪物へと走る!
「だりゃあ!」
今度は何とか怪物の腹に傷を与える事が出来た!傷口から炎がまるで血のように溢れ出る。
「やった!」
「ぐおぉぉぉ!」
しかし、怒り狂ったかのように、怪物はその足でヨーヴを蹴り飛ばした!
「ぐはぁ!」
ヨーヴはそのまま、ジューンの足元まで吹き飛ばされてしまった。
「ヨ、ヨーヴ!」
「だ、大丈夫だ……このくらい……ゲホッゲホッ!」
「く……口から血が出てるじゃない!」
「こ、ここで諦めたら、僕もジューンも助からない……。だから……だから諦めちゃいけないんだ……!」
そう言って、ゆっくりと立ち上がるヨーヴ。ジューンは、ただ彼を見守る事しか出来なかった。
「ヨーヴ……。」
「行くぞ、化け物!」
刀を構え、怪物へと突撃する!腕にありったけの力を注ぎ、刀を振る!
しかし、
「グオォォォ!」
怪物の吐いた火の玉が、ヨーヴの足元で爆発する!
その爆風に吹き飛ばされ、ヨーヴは再び壁に激突する!
「ヨーヴ!」
「く、くそ……!」
立ち上がろうと足に力を入れるが、もう立つ力も残っていない。全身が震えて動かなくなってしまっている。
ヨーヴが戦闘不能だと思った怪物は、次にジューンの方向へと向く。
「グルル……。」
「あ……あ……。」
金縛りにあい、ジューンは動く事が出来ない。そんな彼女を睨みつけ、怪物は口からあの赤い光を再び見せる。
「た、助けて……」
「や……」
……立ち上がらないと。立たなければ、ジューンが……
絶対に、そんな事は……
「……やめろぉ??!!!」
大きく叫ぶと同時に、ヨーヴは限界以上の力を振り絞って立ち上がった!
その声を聞いて、ジューンと怪物は彼の方を向く。
『……ヨ、ヨーヴ?』
これは……一体どうした事か。
ヨーヴの体が……黄色く光っている。
まるで……黄金のように輝いている。
そしてその目の中には、今までには無かった「強さ」を感じる。
「グルル……。」
「う……うわぁぁぁ!!!」
彼が叫ぶと同時に、彼の回りに集まっていた力が、稲妻となって放たれた!
暴走したかのように彼の全身から放たれた稲妻は、部屋の中の物全てを焼き付くすかのように荒れ狂う!もはや何所を見てもヨーヴの稲妻が走る、正に地獄の世界と化している。
そして、その稲妻をまともに受けてしまった怪物は、激しく苦しみながら叫び声を上げる!
そんな中、ジューンは腰を抜かして倒れてしまったが、ヨーヴの稲妻は不思議にもジューンを傷つける事は無かった。まるで……守られているかのように。
ヨーヴの稲妻が収まり、後に残ったのは激しいダメージを負った怪物と、力を使い果たして倒れたヨーヴ。
「ヨ、ヨーヴ!」
「ジュ、ジューン……。」
よかった。まだ息はある。
……しかし、怪物の方もまだ倒れてはいない。激しい電撃のダメージを喰らい、奴はその怒りをヨーヴへとぶつけようと、その巨体を投げるように彼へと走っていく!
「く、くそ……!」
「やめてぇ!」
ジューンがそう叫んだ、その瞬間。
一閃の光が、怪物の横を通り過ぎた。
一瞬何が起こったのか、誰も分からなかった。しかし、次の瞬間怪物は腹から二つに切り裂かれ、激しく炎を撒き散らしながら倒れていった。
……一体何が……
「……君達、大丈夫?」
「え?あ…は、はい……。」
「そうか。よかった……。」
その男は、頭に赤いバンダナを被った、ごく普通の少年のような姿をしていた。
しかし……彼の持つ、束の両側から刃を出したあの武器……。あれがあの怪物を一刀両断したのか……?
何かとてつも無い力を、彼から感じる……。
そう考えている内に、彼はジューンの元へと走り、彼女を立ち上がらせる。
「さ、君達は早くここから逃げて。入口からなら出られるから。」
「あ、有難う……。あ、貴方は一体……」
「今はそんな事は気にしないで!今はとにかく逃げる事だけを考えて!」
「わ、分かりました!」
そしてヨーヴとジューンはその少年と別れて、ルッカハウスのリビングまでやって来た。
もうついさっきの事だと言うのに、もはやあの時の原型は残っていない。回りの殆どの物が焼け落ちてしまい、撒き散らされた食器や本などが燃える床に転がっている。出入り口のすぐ隣に見えるのは……
「あれは……ゴンザレス?」
ルッカが作り上げた戦闘ロボット。近寄って調べてみるが、もう完全に破壊されてしまっているようで、ピクリとも動いてくれない。
「ヨーヴ、早くここから…!」
「分かってる!」
ジューンを先頭に、二人は出入り口からやっとルッカハウスの外まで脱出する事が出来た。
家から出た瞬間、聞き覚えのある声が彼等の耳に響く。
「お?い!」
「ダ、ダバンさん!?」
家の外にある森の中を見ると、そこには避難していたダバン、ララ、そして他の子供達がみんな集まっている。
急いで彼等の元へと走るヨーヴ達。息が切れながらも、何とか到着する。
「だ、大丈夫かお前達!?」
「はぁ……はぁ……な、何とか……。」
「ほ、他の……みんなは……だ、大丈夫……なんですか……?」
「ええ。怪我した子が多いんだけど、みんな何とか無事よ。」
と、ララが言う。
「そ、そうですか……。よかった……。」
「でも……でもキッドとルッカがまだ……。」
「え?」
「あたしとダバン以外のみんなは、変な男の子に助けられたみたいなのよ。頭にバンダナを被った子だって……」
「そ、その男の子って……!」
「え?もしかしてあなた達も……?」
二人はコクリとうなずく。
「そうだったの……。」
二人は後ろを振り向き、燃えていくルッカハウスを目にする。……ヨーヴにとって、今までの人生の殆どを過ごして来た家が、今目の前で燃えている。あの時……ガルディア城が燃えたあの日からの、第二の故郷だったこの家が……。
「……ヨーヴ?」
目から涙が零れていたのを、ジューンは捕らえた。
彼女からの言葉を聞くと、ヨーヴは右手でその涙を拭く。
……しかし、いくら時間がたってもキッドとルッカは現れてくれない。もうじっとしていられなくなったダバンは、突然前へと走り始める。
「ちょ、ちょっとあんた、何をするつもりなの!?」
「決まってるだろ!ルッカとキッドを助けんだよ!」
「そんな無茶な事しないで!あんたが入ってったて、あんたまで死んじゃうわよ!」
「な、何だと……!」
ダバンは振り返り、ララへと走る。そして彼女の正面まで近付き、大きな声で叫ぶ。
「ルッカはなぁ、こんな事で死ぬような奴じゃねぇんだよ!今にもきっとキッドをつれて出て来るはずだ!」
「あ、あんた……。」
大きな声を上げて疲れたのか、ダバンはそのまま一息ついて彼女から放れる。
「絶対……絶対に生きてこっちに来るはずだ!」
そう言い、彼は燃えるルッカハウスを眺める。娘が出て来る事を祈りながら……。
それから何時間が立ち、ルッカハウスが完全に燃えつきようとしていた頃、ヨーヴ達はそのルッカハウスの正面に立っていた。
もはや……もはやこのような状態になってしまえば、中にいた人間はもう……助からない。
そこにいた物達みんな、涙を堪える事が出来なかった。特にダバンは、大粒の涙を零しながら、今にも叫びそうな顔で焼け果てたルッカハウスを見つめている。
まだ炎が残っているその瓦礫の山へと、今にも飛び越んでいきそう。
………
……そして、その時、
「……あ、マキだ!」
「え!?」
一人の少女がマキの名を呼ぶと、皆彼女へと向く。そして彼女が指さす方向を見ると、そこには燃え尽きたルッカハウスへと全速力で走るマキの姿があった。
彼の姿を見て、みんな彼へと走っていく。そしてお互いが接触し、マキは息を切らしながらも、大声で叫ぶ。
「い……一体何がどうなってんだ!?何で家が焼けてんだよ!?みんなは……みんなは大丈夫なのかよ!?」
「……マキ……。」
悲しそうな目をして、ダバンは言う。
「お、親父さん……、一体何がどうなって……」
その時、マキは気付いた。
彼女の……ルッカの姿が無い。
「お…おい……、じょ…冗談……だろ?」
「………」
「なぁ、冗談って言ってくれよ……。頼むよ、なぁ?」
「……すまない、マキ……。」
その言葉が、マキの背中に絶望の波を押し寄せる。涙が目へと集まるような感覚。
「そ、そんな……そんな事があるかよ……。ル、ルッカは……俺の妻は……」
「………」
その時にダバンが流した一滴の涙が、全てを語った。
こんな……こんな事が……
「……う………う………うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
漆黒の大空へと、全ての悲しみをその声に乗せて、マキは叫んだ。涙が瞳から溢れながら、マキは全力で叫んだ。
……あの時と同じだ。大切な人を、また助けられなかった……。
もっと早く帰っていれば……こんな事には……
「くっ…………くっっっそおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」
それから、何とも切ない日々が続いた。
燃え尽きたルッカハウスを修復しようと頑張る中、とても大切な人達が回りにいない。
子供達の中でも格別に元気だったキッドと、みんなの姉となってくれたルッカ。二人共ルッカハウスの残骸から異体は発見されず、行方不明となってしまった。
そして……
「本当に……行っちまうのか?」
焼け尽きたルッカハウスを前に、旅支度を整えたマキとヨーヴへとダバンは言った。
「ああ……。あいつらが何の目的でルッカハウスを焼いたのかは分からねぇ。だけど……だけど奴等がパレポリが放った暗殺集団だった可能性は高ぇ。ここにヨーヴがいたって言う事がバレちまったかもしれねぇからな。」
しかし、そこでジューンは、
「ちょ、ちょっと間って!いくら何でも、ヨーヴに責任を押しつけるなんて……」
そこで、ヨーヴは優しい微笑みを浮かべて、
「ジューン、いいんだ。僕がここに残ってみんなに迷惑がかかるんなら、僕はもうここには残りたくない。……みんなと別れるのは寂しいよ。でも……でも、こうしなきゃいけないんだ。」
「そんなの……そんなの間違ってる。ヨーヴがいなくなるなんて、あたし……」
と、その瞬間…
「……あ」
ジューンは、ヨーヴに優しく抱きしめられる。とても……とても暖かいその温もりは、ジューンにほんの少しだけ、安らぎを覚えさせる。
「……心配しないで。何時か必ずまた会えるから。」
「……うん……。」
そして彼女をゆっくりと放し、マキの元へと戻る。
「これはルッカとキッドを探す旅でもあるんだ。だから……だから必ず何時か戻って来る……。」
「………」
一粒の涙が、ジューンの瞳から零れる。大切な友達が、これからいなくなってしまう事が辛い。
「じゃあな。達者で暮らせよ、ダバンの親父さん。」
「ああ。お前も……そしてヨーヴも、な。」
「うん。それじゃ……」
そして二人は振り返り、ルッカハウスを後にする。大勢の人々に見送られ、彼等は一体何所へ行くのか。それを知る物は、誰もいない……。
そんな二人を、ジューンは涙を流しながら、二人が見えなくなった後もずっと見送り続けていた……。
あれから長い時が流れ、世界は蠕きつつあった。
パレポリ大統領が突然病に倒れ、そのまま死亡したというニュースは、全世界を轟かせた。そこで新しい大統領として立候補したのが、ダルトン=ブルックス=ザイガーという男。
彼は圧倒的な差で大統領権を確保し、世界最大の軍事国をその手の中に納めた。それからパレポリ共和国はその姿を大きく変え、過去よりも遥かに好戦的な国へと変わっていった。軍を今までより更に巨大にし、更に一部の国への侵略を開始したのが、王国歴1020年。その国の一つが、エルニド諸島という名の島国だった……。
そしてそれから1年の歳月が流れ、時は王国歴1021年。新たな歴史の鼓動は、ここエルニドから始まる……。