メディーナ。魔族の種が住む大陸。最初にここに訪れた時は、人間であるという理由で、激しい差別を受けたのを覚えている。
しかし、それは過去の話。……いや、「過去」と呼べる物なのか分からない。
魔王を倒し、その配下のビネガーを倒した事により、この時代のメディーナは変わった。人を差別する魔族が、この時代では進んで人との交流を求めている。この大陸へと来た時に乗った船も、その交流の為に作られた物だ。
……港町の市場では、人と魔族がお互いの商品を売り買いしている。人と魔族が、笑いながら会話している。
この町の別の姿を見た事のあるクロノにとって、それはとても心暖まる光景だった。
……しかし、やはり心は傷ついたまま。彼の顔には、何の笑いも浮かばない。
そんな中、一人の魔族がクロノへと声をかける。背が高く、一つの目と紫の肌を持っている。
「おう兄ちゃん!あんたメディーナは初めてかい?」
「………」
「う?ん、無口な兄ちゃんだなぁ。なぁ、聞こえてるか?」
「……俺に話しかけないでくれ。」
彼へと目を向けずに、クロノは言う。
「……無口で無愛想とは、こりゃ参ったなぁ。ま、ゆっくりしてってくれ。」
そう言い、その魔族はそのまま人混みの中へと消えていった。
……無数の人の声の中、クロノは孤独だった。
市場にいる多くの人々が交流する中、クロノはただ一人たたずんでいた。まるで、回りの人々が別の世界にいるようで、自分とは何の関りも無いよう……。
……クロノは港町を出て、大陸の中心の町、メディーナの町へと、歩いて向かった。
メディーナの町まで、歩いて一週間はかかる。しかし、そんな事はどうでもよかった。歩いていれば、その時だけでも、全てが忘れられる。 大地に広がる緑。空に広がる青。その全てが、クロノの心を包んでくれる。それがたとえ僅かなだけの安らぎだったとしても。
そうやって歩き続けて6日目、地平線の向こうに大きな町が見えた。
「……ついた、か……。」
そして歩き続けて5時間。ようやくクロノはメディーナの町へと到着した。
その時にはもう日は沈んでおり、空には無数の星が煌いている。長い旅で疲れはてたクロノは、宿を探す前に、近くの公園のベンチに腰かける。
顔を上げ、空に広がる星の海を眺める。その天空に広がる芸術を見ながら、クロノはマールの事を思い出していた。
『……マールも、あそこにいるのかな……』
昔、原始時代の住人、アイラから聞いた事がある。空に輝く星達は、この世界で死んでいった者達の魂であると。人は死ぬと、空へと昇り、別れた者達と再び出会う、と。
その話を聞いたルッカは、そんな話は非科学的だと言って否定していたが。
……しかし、あの空の向こうにマールがいると考えると、自分も空の彼方へと飛び立っていきたいと思う。
そんな事が頭に浮かびながら、長い時間が経っていった。
時刻はもう真夜中を回っており、町そのものが眠っているかのように静かだ。
『……宿、もう駄目だな……。』
この時間になると、何所の宿も部屋は残ってはいない。いい寝所を探そうと公園の中を歩き始めるクロノ。
しかし、公園の中心を歩いていると、奥から笑い声が聞こえてきた。
声からして魔族の物のようだが、その中に一つ、別の声が混ざっている。
『……人間……?』
影からその笑い声の主が現れると、それははっきりした。四人の魔族の中に、一人だけ人間がまざっている。
他の魔族の中心に歩いており、グループのリーダーのように見える。
ジーンズと白いTシャツ、それに袖のない黒いデニムのジャケットを着ている。髪は薄い紫色で、肩から1センチ放れている程の長さ。そして、背中に大きな剣を背負っている。
魔族と共に笑う彼の表情から見ると、自分への強い自信を持っているようだ。あの魔族達も、そんな彼に引かれて、彼の仲間に入っているのだろう。
……そう考えている内に、その男がクロノへと声をかける。
「……何見てんだよ。」
「……いや、別に……」
「あん?はっきりしろよてめぇ!俺が誰だか分かってんのか!?」
クロノの服の首の部分を掴み、持ち上げる。しかし、それでもクロノは表情を変えない。
「おい!何とか言えよコラ!」
「……いや、だから別にそんなつもりじゃ……」
「マキさん、こんな奴やっちまいましょうぜ!」
後ろのインプが叫ぶ。
「……こいつ、よそ者だな。通りで俺が誰なのか分からねぇはずだせ。」
すると、その「マキ」と呼ばれた男は、使んでいたクロノの服を、クロノごと前へと投げ飛ばす!
ドサッと音をたてて、クロノは地面へと倒れるが、すぐに立ち上がる。
「この町の親玉は誰なのか……はっきりさせてやるぜ!」
背中の剣へと手をやると、彼は瞬時に剣を抜き出し、クロノへと振り下ろす!
キィィィン!
「な、何だと!?」
「………」
何時の間にか、クロノは腰にさしてあった刀を抜き出し、マキの剣を防御していた!
『は、早ぇ!』
防御したと同時に、後ろへと飛んで下がるクロノ。すると、マキの後ろにいた魔族達が駆け寄って来る。
「マ、マキさ…」
「てめぇらは下がってろ!こいつは俺一人で片付けてやる!」
「で、でもマキさん……」
「おいおい、俺だ誰なのか忘れた訳じゃねぇだろうな?」
「い、いや、そんな事は……」
「とにかくだ、俺はこいつとサシで勝負してみてぇ。手ぇ出すんじゃねぇぞ!分かったか!?」
「は、はい!」
そう叫び、魔族達は後ろへろ下がっていく。
「……さて、邪魔な奴等はいなくなった所で、さっさとおっぱじめようぜ!」
「………」
最初に、クロノが攻撃を始めた。
腰の奥から肩の真上まで、大きく瞬時に刀を振ると、その先からかまいたちが放たれ、マキへと直進する!
『な…!』
横へと飛び、ギリギリで回避するマキ!
「けっ、なめんなよ!」
剣を構え、前へ少し屈むマキ。足に力を入れ、一気にクロノへとダッシュ!そして、すれ違い様に剣を振る!
『は、早……!』
何とか避ける事が出来たが、脇が少し切れてしまい、切口から血がビュッと血が吹き出る。
そして瞬時に振り返り、マキへと切りかかるクロノ!
「このぉ!」
「ふんっ!」
クロノの斬撃を、マキが剣で防御する!
その後も、攻撃しては防御という形での切り合いが続く。お互い一歩も引かない互角の勝負を見て、あぜんとする魔族達。
「……マ、マキさんと互角に戦える奴が…いたなんて……。」
「あ、安心しろ!マ、マキさんがやられる訳ねぇって!」
「そ、そうだな……。なにせマキさんは……」
「うおぉ!!」
マキは大きく剣をかがけ、クロノへと振り下ろす!
それを防御するクロノ!
「くっ!」
するとマキは少ししゃがみ、クロノの足へと回転して蹴る!
「うわっ!」
足払いをかけられたクロノはバランスを崩し、地面へと倒れてしまう。そこでマキは剣をクロノへと向け、突きを放つ!
「死ねぇ!」
しかし、剣がクロノへと刺し込む前に、クロノは横へと転がって突きを回避した!
剣が石の地面を突き、痺れる感触がマキの手に伝わる。
「なっ!」
「もらった!」
半分起き上がったクロノは、マキの足へと横に剣を振る!
「何の!」
マキはジャンプしてそれを回避する!そして、空中で剣を構え、落ちながらクロノへと振り下ろす!
ガキィィィン!
「チッ!」
マキの剣は、クロノの刀によって防がれる。
「このっ!」
その体制から、マキへと突きを放つ!
しかし、マキは横へと飛んでそれを回避する!
そして、体制を崩したクロノへと突撃!彼のあばらへと体当りする!
「ぐぁ!」
マキの体当りを食らったクロノは、そのまま吹き飛ばされてしまう!
しかし、彼は体を回転させて、両足で着地する。
「な……なかなか……やるな……。」
「……へへ……。」
しかし、そんなマキの顔に、勝利の確信を持った笑いが浮かぶ。
すると、彼は剣を握っていない左手へと集中する。
「おお!マキさんの必殺技が出るぞ!」
後ろの魔族が叫ぶ。
「ひ、必殺技……?」
「人間であの技が使えるのはマキさんしかいねぇ!これであんたも終りだ!」
「な、何が始まるん……」
その瞬間、クロノは感じた。
マキの左拳へと集まっているのは、明らかに冥の力。
これは……前にも感じた事がある。
「ま、まさか……!」
「こいつで終りだ!ダークボム!!」
マキの拳へと集められた冥の魔力は、球体となってクロノへと放たれた!
力の塊がこちらへと迫って来る中、クロノは横へと飛んで回避しようとする!
しかし、直撃は避けられた物の、闇の爆発の衝撃はクロノの全身を襲い、彼を吹き飛ばす!
遠くの木へと激突し、倒れる。そしてゆっくりと起き上がるクロノ。
「……い、今の技は……」
「ほう、俺のダークボムを受けてまだ立っていられるたぁ、面白ぇ。」
確信の笑いを浮かべながら、マキは剣を片手に近寄って来る。
そんな中、クロノも左腕へと魔力を集中する。
「……な、何だ!?」
マキが見た物は、パチパチと電気が走る左腕であった。
その力はどんどん増大され、今ではまるで帯のように電気がまとわりついている。
「そっちが魔法を使うのなら……!」
左腕をマキへと構え、術を放つ!
腕の電気はマキの体へと、光線のように一直線に放たれた!宙を走る稲妻はそ
のままマキへと直撃し、激しい電気が彼の全身を襲う!
「ぐわぁぁぁ!!!」
衝撃で後ろへと吹き飛ばされ、堅い地面へと倒れるマキ。しかし、彼はそれでも何とか立ち上がる!
「……て、てめぇも持ってやがるのか……。」
剣を構えるマキを向いたまま、クロノは自分の構えを解く。
「て、てめぇ!何のつもりだ!」
「……教えてくれ。何で君が魔法を使えるんだ?」
「てめぇには関係ねぇ!!」
体を前へとかがめ、再び高速で突進するマキ!彼の体に近付くと同時に剣を振る!
……ィィィン!
クロノの鋭い一撃により、マキの剣は宙を舞い、そのまま地面へと突き刺さる。
残ったのは、武器を弾き飛ばされたマキと、彼の喉を触れた直前で刀を止めたクロノだった。
先程まで勝利を確信していたマキの表情は、まるで死神を見たかのように恐怖で溢れている。
「……あ、ああ……」
「………」
しかし、そんなマキへとクロノはとどめをささず、彼は刀を喉から遠ざけて、鞘へと戻す。
刃が彼の喉から放れると、マキは全身の力が抜けてしまい、足元がフラつく。
「……な、何で俺にとどめをささねぇ?」
「君が使ったあの技、この時代の人間には使う事は出来ないはずなんだ。それを君は……」
「こ、この時代だと!?」
「教えてくれ!君は何で魔法が使えるんだ!?」
「な、何でって……」
クロノの反応に少し驚くマキは、彼の質問に答える。
「あれはずっと昔から自然に使えたんだ!それがどうしたんだよ!?」
「ず、ずっと昔から……」
やはりそうなのか。
マキの中に流れる魔力は、前にも感じた事がある。
400年前、地中の底で眠る破壊神ラヴォスを目覚めようとし、最後にはクロノとその仲間達と共にそれを倒した物。
……魔王、ジャキ=ギル=ジールによく似ている……。
「き、君は……ジャキなのか?」
「俺の名前はジャキじゃねぇ、マキだ!さっきから何言ってやがるんだ、てめぇは!?」
「そ、そうか……。そうだよな……。」
よく考えれば、ジャキは姉のサラを探しにBC12000年へと帰っていったはず。あれからゲートも閉じ、時間移動は不可能となったはずだ。
「……さぁ、俺を殺すのか!?殺さねぇのか!?はっきりしろよ!!」
「………」
「俺を殺さねぇと、俺がてめぇを殺すぞ!」
「………」
クロノはマキへと背を向け、そのまま公園の出口へと歩いていく。しかし、マキは拳にダークボムの力を集めていた。
「この……大馬鹿野郎がぁ!!!」
クロノの背中へと拳を向け、マキはダークボムを放とうとする!
……しかし……
しかし何故だろう。術が放てない。
放とうとしても、まるで魂の奥から何かが自分を引っぱるようで、全身が麻痺してしまう。
腕を震わせながら、マキは去っていくクロノへと拳を向けたまま、動かないまま佇むままだった。
「……マ、マキさん……?」
後ろで全てを見ていた魔族の一人が、恐る恐る声をかける。
「……な、何でなんだ……?何で殺せねでんだよぉ!?」
腕へと集めた魔力は無くなり、涙を流しながら叫ぶマキ。そんな彼を見て、彼
の子分達は哀れみと、恐怖を感じていた。
彼は一体何者なのか……。マキの中で、何かが蠕いていた。
『あいつは……あいつは一体誰なんだ……?』