6:滅亡<後編>
 ……一瞬、ゾクッとした感覚が、全身に流れていった。
 何故だろう。回りに敵はいないし、ルッカやヨーヴも無事のようだ。外からは兵士達の声や、金属と金属が重なる音が鳴り響いてはいるが、まだ城からはほど遠い。
 ……しかし、やはり何か胸騒ぎがする……。
 「……大丈夫、マキ?」
 後ろから突然響いた声が、マキの全身をビクッとさせる。驚いたマキは剣のつかを握りながら声のした方向へと向く。
 「……ル、ルッカかよ、脅かしやがって…….。」
 「ご、御免。……マキ、何か思いつめた顔してたから……。」
 剣から手を放し、一息ついてやっと落ち着く事が出来た。
 「……ヨーヴはどうしてる?」
 「大丈夫よ。厳重に警備されてるし、今はよく眠ってるわ。」
 「そうか……。」
 ………
 ……まだ、あの感覚。
 不安が消えない。
 『……もしかして……いや、そんなはずは……』
 「……どうしたの?ねぇ、マキ……」
 ルッカが話し終える前に、マキは廊下の奥へと進み、城の出口へと走っていく。

 「マ、マキ!何やってるのよ!?」
 「お前はここにいろ!俺はクロノの様子を見てくる!」
 「え?……ってちょっと!」
 しかし、マキは窓へとジャンプし、城の外へと跳んでいった。扉や門などが堅く閉ざされた今、城から出るにはそうするしか無い。
 「……マキ……。」
 

 「……な…何で…お前が…こ…ここに…いるんだ……!?」
 「おいおい、折角久しぶりに会えたっつうのに、何だよその言い草は?」
 地面に倒れたクロノへと、ゆっくりと歩くダルトン。眼帯で隠されていない彼の左目が、クロノを見下す。
 「……しかし俺もラッキーだぜ。こんな所でてめぇと会えるんだからよ。」
 「……質問に…答えろ……!」
 「へ、何が質問に答えろだ。そんなザマで俺に何が出来るってんだ?」
 「くっ……。」
 クロノの頭は混乱していた。ただでさえ毒の効果で思考がうまく働いていないと言うのに、この時代に存在してはいけない人物が目の前にいるという事は、彼を気絶させてしまいそうな程に納得いかない。
 ダルトンはBC12000年……魔法王国ジールが存在していた時代に生きていた人間だ。そんな彼がどうやって13000年の時を越えて、今の時代までやって来たと言うのか。
 ゲートはラヴォスを倒した事で閉じでしまったし、シルバードもその役目を終えて取り壊されている。
 時間移動はもう不可能な筈だ。それが何故……
 「……しかしよぉ、あんたが生きてたなんて驚きだぜ。あんたはラヴォスに殺されちまったんじゃ無かったのかよ?」
 「………」
 「ま、そんな事はどうでもいいんだけどな。」
 すると、ダルトンはクロノの髪を掴み、そのまま彼を持ち上げる。
 「ぐ、ぐわぁぁぁ!!!」
 「ヒャハハハハハ!!!…叫べ!うんと叫びな!どうせ叫んでもお前を助けられるような奴は一人も来やしねぇんだ!ヒャ〜〜〜ッハッハッハ!!!」
 「な…何が…目的…だ……!?」
 「そんな事を聞いてどうするってんだ?てめぇはもうすぐ死ぬんだぜ……!」

 その言葉と同時に、ダルトンは腰から短剣を取り出し、クロノの胸元へと近付ける!
 「く、くそっ……!」
 「さて、いい声で叫んでくれよっ!」
 ダルトンは持っていた短剣を、クロノの心臓目掛けて短剣を突き刺そうと、腕を前へと高速で動かす。
 ……それと同時に、遠くから男の声がした。剣を構えながら、友を助けようと走る男の声が。
 クロノを助けようと全力で走るマキ。彼が見たのは、掴み上げられたクロノと……そのクロノを殺そうとする男。
 その男を一目見たマキの全身に、あの時と同じ寒気が襲う。まるで……魂の底が彼へと叫んでいるようだ。
 ……あの男は危険だ、と。
 間に合うのか。間に合わないのか。そんな事は頭の中では考えず、マキは全力で走る。
 ……しかし、その次に彼が目撃した物は……
 その男の腕が、クロノの胸へと押し付けられて……
 ……背中から、赤く染まった刃が顔を出し、そこから一瞬血が噴水のように吹き出された。
 『………』
 一瞬、何が起こったのか、頭の中が真っ白になって分からなかった。今でも、マキはクロノを助けようと、全力で走っている。
 ……そして、クロノの背中から溢れる血と突き出された刃を再び目にし、恐ろしい現実がマキの全身を、まるで巨大な熱と冷気に同時に襲われたかのように駈け巡る。
 「……ク、クロノォォォォォ!!!」
 目から涙を流しながらも、マキはクロノへと走っていく。信じたくは無い。だけど、目の前で起こった事は、明らかに……
 クロノが……死ぬ……
 「へ、大した事無かったな。」
 そう言い、ダルトンは短剣をゆっくりと抜く。刃がクロノの体から放れると同時に、更に大くの血が吹き荒れる。
 ……そして、クロノはそのまま地面へと、ゆっくりと倒れていった。
 「……こ…このクソ野郎がぁ!!!」
 構えた剣の握る腕に全ての力を入れながら、マキは全力で跳び上がる!そしてその腕で、ダルトンへと剣を全力で振り下ろす!
 しかし、
 ガキィィィン!
 ダルトンの短剣が、マキの攻撃を軽々と受け流す。
 「おっと、危ねぇなぁ。」
 マキが攻撃したすぐ後に、ダルトンは後ろへと跳ぶ。
 「ったく、何だてめぇは?」
 「よくも……よくもクロノを!!」
 全精神を集中し、マキは魔力を操る。そしてその魔法のターゲットへと、腕を構える。
 「この野郎!!!」
 マキの放った冥の魔法は、ダルトンの正面で爆発する!黒い力の暴走が、その回りの全てを塵と化す!
 ……土煙が晴れようとしたその時、マキは自分の目を疑った。
 彼の回りは明らかに破壊されていたのだが、ダルトン自信には傷一つついてはいない。
 しかし、かなり疲労が溜っているようだ。息が荒くなっている。
 「……な、なかなかやるじゃねぇか……。」
 「くっ……!」
 剣を再び構えるマキ。しかし、今の攻撃でも確実なダメージが与えられないとなると……
 しかし、今のマキにとって、そんな事はどうでもよかった。クロノのかたきを討つ、それだけが彼の頭の中にあった。
 「……今の感じ……あのガキに似てやがる……。」
 「……何ゴチャゴチャ言ってやがる!」
 「なぁに、何でもねぇよ。」
 「フザけんじゃねぇ!!」
 ダルトンへと全力で突撃し、剣を振る!
 ……しかし、手応えが無い。
 外したと思ったマキは、再び前を向く。ダルトンの姿は何所にも無い。辺りを見回しても、彼の姿は見当たらない。
 しかし、彼の頭に、
 『今回は見逃してやるぜ、ジャキ。』
 という言葉が響き、そして消えていった。
 『……ジャキ?』
 一体何の事かと思ったが、次の瞬間にクロノの事を思い出し、彼の元へと走る。

 血の池の中心で横たわるクロノの上半身を、ゆっくりと持ち上げる。
 「クロノ!おいクロノ!しっかりしろよ!」
 「………」
 「クロノ!」
 ……すると、一瞬彼の腕がピクッと動いたかのような感覚がした。
 それに気付くと、今度はクロノの口が、ゆっくりと動き始める。
 「ク、クロノ!」
 「……マ…マキ……何所に……」
 「俺はここだ、ここにいるぜ!」
 「目が……何も…見えない……。……マキ……」
 「……何だ?言ってくれ!」
 「……刀…虹と……俺の…ハチ…マキ……」
 「か、刀とハチマキだな?」
 クロノのすぐ側に、虹色の刀が刺さっている事に気付く。そして、マキはクロノの頭から、彼のハチマキを外す。
 「……み…みんなを…つれて…は…早く…逃げ……」
 「逃げるだと!?そんな事出来るかよ!お前のかたきを討つまでは……」
 「た…頼む……。ヨーヴや…みんなを…早く……」
 「………」
 手の中にある、クロノのハチマキを握るマキ。
 「……ああ。あいつらは俺が安全な所へつれていく。だから安心しろ。」
 「あ…あり…がと……」
 そして、クロノの体から最後の力が抜けようとした瞬間、
 「……ヨーヴ……」
 ……その言葉を最後に、クロノの体から全ての力が抜けていった。
 彼を支えていた腕に重みがかかり、マキは彼の……ガルディア国王クロノ=ストランド=ガルディアの死を知った。
 「……クロノ……クロノォ????!!!!!」
 今までの人生の中で、初めて友と呼ぶ事が出来た者の体を抱き締めながら、マキは多くの涙を流し続けた……。
 
 

 マキが城へと戻る中、戦争は最悪の結果になっていた。
 最後の国王が倒れたという報告が入り、ガルディアの兵士達のモラルは急速に低下してしまい、そこでパレポリ軍は一斉攻撃を開始した。
 ほんの僅かな時間で、ガルディアの軍はほぼ壊滅状態にまで陥られてしまい、敗北は確実な物となりつつあった。
 そんな中、マキは城の中へと戻り、急いで城の者達を集めようとしていた。
 ……そこで、彼はルッカと出会う。
 「……マキ。」
 「ルッカ、説明してる暇はねぇ。急いてここから逃げるぞ!」
 「………」
 「……おい、ルッカ……」
 「聞いたわよ、クロノが倒れたって。……あんたは見て来たんでしょう?クロノは……クロノは大丈夫よね……?」
 「………」
 下を向きながら、マキは黙ったまま語ろうとはしない。
 クロノの刀とハチマキを手にしているのを彼女は見たが、それでも彼女は彼の死を理解しようとはしない。
 「ねぇ、何とか言いなさいよ!あのクロノが死ぬ訳無いでしょ!?殺したって死なないあいつが、こんな事で死ぬなんて……そんな事ありえない!」
 「……いい加減にしろ!」
 その言葉のすぐ後に、マキは彼女へと平手打ちを与える。
 ……そしてルッカも、憎しみに満ちた顔をしながら彼へと平手打ちを返す。
 衝撃でマキの顔が動いたが、彼の表情は変わらなかった。
 「悲しいなら……泣きたきゃ泣けよ!でも……でもな、今はそんな事してる暇はねぇんだ!俺だって、あいつが死んじまって悲しいよ!出来ればどこか狭い部屋で、一人で泣き尽くしてぇよ!」
 「………」
 「あいつは最後に、みんなを安全に逃がしてほしいって言ったんだ。俺はあいつの最後の願いを無視するような事はしねぇ!」
 「………」
 ……ルッカの瞳から、涙が零れる始める。そして、それからゆっくりと泣き声が出て来て、更に多くの涙が零れる。
 「……御免なさい……。」
 「……いいんだ。それより、お前は親父さん達を早く避難させてくれ。出来るか?」
 「……うん……。」
 「よし、俺は他の連中を避難させに行って来る。」
 そして、マキは階段の上へと上がろうと走っていく。
 すると、後ろからルッカが、
 「……マキ。」
 声がした方向を向くと、
 「……出口で待ってるから。」
 「あ、ああ……。」
 そしてマキは再び前を向き、階段を上がっていった。
 

 「早く避難しろ!ガルディア王の命令だぞ!」
 「し、しかしヨーヴ様が……」
 「ヨーヴは俺がつれて行く!いいから早くしろ!」
 「は、はい!」
 ヨーヴの部屋の前にいた兵士達とメイド達は、マキの言葉を聞いてすぐに階段を走りながら下りて行った。マキは部屋の中へと入ると、中で座りながら泣き叫んでいるヨーヴを持ち上げる。
 「行くぞ!」
 「パパは?パパはどこ?」
 「そんな事はどうでもいいんだよ!今はここから逃げる事が先だ!」
 「パ、パパは……?」
 父が何所にいるのかと幾度も問いかける3歳のヨーヴ。しかし、父がいないまま何所かへつれて行かれる中、この子供の心は不安と恐怖で溢れてしまう。
 「うわぁぁぁぁん!!」
 さっきよりも大きな声で泣き始めるヨーヴ。そんな彼を抱きかかえながら、マキはただ走るだけ。
 『……すまねぇ、ヨーヴ。でも、俺はお前まで死なせる訳には……』
 マキは一階の大広間へと到着すると、奥にあった廊下を走り、奥の小さな部屋に入る。その中にあった大きな本棚の中の本の裏に隠されていたレバーを引くと、本棚はゆっくりと動き、その後ろにあった秘密の通路が現れる。
 大人が屈んで歩ける程の大きさがあるその穴の中へと、マキは入る。その長い通路を進んでいくと、それは横へ曲がったりすれば上がり坂になったりして、最後にようやく出口であると思われる光が見えた。
 『や、やっと……』
 出口を出た瞬間、誰かがマキへと走っていき、彼を抱きしめる。一瞬驚いたマキだったが、それはルッカだった。
 「マキ!……よかった、無事で……!」
 「ルッカ……。」
 しかし、抱きかかえていたヨーヴは二人の間で押し潰され、すぐに泣き出してしまう。
 「あ、ご、御免……。」
 「ふぎゃぁぁぁん!!」
 「お?い!早くズラかった方がいいんじゃねぇのかぁ?」
 二人の後ろから、ダバンが叫ぶ。ここに残っていたのはダバンとララだけで、他の者達はもう脱出に成功したようだ。
 「……行くぞ。」
 「うん……。」
 ヨーヴをかかえたまま、マキとルッカ達はパレポリに落とされたガルディア城を後にした。暫く走っていくと、マキは城へと振り返る。
 城の中から、兵士の叫び声が聞こえる。無人と化した城の中から声がしたと言うのなら、恐らくそれはパレポリの兵の声。
 ……完全な敗北だ。
 ガルディア王国は、この日を持ってその1005年の歴史を終える事になった。

 そして、その戦火に燃えるガルディア城から振り返り、マキは再び前へと走り出す。
 ……そして、彼の背中には、混乱と悲しみに満ちた若きヨーヴが、今でもゆっくりと泣き続けていた……。