……そして、王国歴１００５年の夏……
 

　トントン
　「あ、は?い。」
　扉がノックされたのを聞き、作業を中断して立ち上がるルッカ。扉を開けると、彼女はそこにいた人物に驚く。
　「ク、クロノ！あんた何でここに……」
　「し！そんなに叫ばないで！誰かに聞かれたら大変な事になる！」
　「き、聞かれたらって……一体どういう事！？」
　「とにかく、中へ入れてくれないか？」
　「え、ええ……。」
　ルッカにつれられ、クロノは家の食卓の上に座る。ルッカが紅茶の入ったティーカップを彼の前に置くと、二階から誰かが下りて来る音がする。
　「お、クロノ！一体どうしたんだ、突然。」
　「それが……マキも座ってくれないか？」
　「ど、どうしたんだよ……？」
　マキはルッカと反対の席に座り、その間に座ったクロノを向く。
　「……で、一体何が起きたの？あんたの顔を見れば、かなりヤバイ事が起こったのは分かるけど……。」
　「それが……はっきりとは分からないんだけど……」
　口が一瞬止まってしまったが、クロノは一息ついて再び語り始める。
　「……パレポリの動きが怪しいんだ。」
　「パ、パレポリ！？パレポリって、南の大陸にある国だろ？」
　「正確には、南大陸その物がパレポリだけどね。……パレポリは、どうもゼナン橋付近に軍らしき集団を集めているみたいなんだ。」
　「ぐ、軍！？パレポリはガルディアに戦争を仕掛るつもりかよ！？」
　「分からない……。でも、周辺には軍が出した物と思われる信号が放たれてる
し、何か大きな組織が動いてる事は確かなんだ。」
　「……でももしそれが軍隊じゃ無かったらどうするのよ？早とちりしてこっちが軍を動かしちゃったら、とんでもない事になるわ。」
　「ああ。……でもガルディア王……義父さんはそれを覚悟して、ガルディア側の守備を強化する事にしたんだ。」
　「な、何だと！？」
　マキが席からバッと立ち上がる。
　「おいクロノ！そいつは『戦争しようぜ』って言ってるようなモンだろ！？」

　「そんな事は、義父さんも分かってる！でも、侵略の準備をされているのに、こっちが動かなかったら元も子も無いだろ！？」
　「くっ……、そ、そうだけどよ……。」
　怒りを押えながら、マキはゆっくりと席に戻る。
　「……今義父さんはゼナン橋の前線にいる。このままだと、何時戦争が始まってもおかしくは無い。」
　「………」
　クロノが話し終り、数秒の沈黙が部屋を包み込む。
　歴史が語るように、パレポリは過去は強力な軍事国家だった。しかし、その軍事力はガルディアには勝らず、２００年間その力によって押えられてきた。
　しかし、そのパレポリが今動き出した。これは……ガルディアに対抗出来る軍事力を手に入れた事になる。
　「……で、何であんたが直々にあたし達にそれを教えてくれる訳？ただ知らせたかった……な訳無いわよね？」
　「………」
　下を向き、クロノは紅茶をゆっくりとすする。そしてカップをコースターに戻すと、彼は二人へと向く。
　「……ルッカ、マキ、俺と一緒にガルディア城に来てくれ。」
　「ク、クロノ……？」
　「ここはもうじき戦場になる。君達二人、そしてダバンとララも一緒にガルディア城へ来てほしい。」
　「………」
　席に座ったまま、マキとルッカはクロノの言葉を飲み込む。……そして、
　「……有難う。でも……でもあたし達があんたの友達だからって、特別扱いしないで。あんたは一応一国の王子でしょ？それなのに……」
　「おい、いくら何でもそりゃねぇんじゃねぇのかよ？」
　少し怒った声で、マキはルッカへと語る。
　「マ、マキ……。」
　「クロノが王子だろうが帝王だろうが宇宙大王だろうが関係ねぇ。こいつも一人の人間なんだよ。お前はそんな一人の人間の願いを無視する気か！？」
　「………」
　マキの言葉を聞いて、ルッカは動く事も出来なかった。彼の真剣な顔を見て、体が麻痺したように動かない……。
　すると、玄関の扉が開く音がする。
　「お?い！帰ったぞ！」
　「ただいまルッカ、マキ。あらクロノちゃん、いらっしゃい。」
　「あ、お父さん、お母さん……。」
　ルッカはビクッと二人へと向き、何か恐れた表情で話す。
　「……どうしたの？何か思い詰めてるみたいだけど……」
　「そ、それが……」
　「俺が話すよ。」
　クロノは、ダバンとララに全てを話した。……パレポリの行動、それへのガルディアの対応、そしてそれが引き起こそうとしている悲劇……。
　クロノの話を聞き終えた二人は、驚きのあまり口が閉まらなかった。
　「……せ、戦争が始まるだって！？」
　「多分、回避は出来ないと思う……。」
　「そ、そんな……。」
　ショックで震え始めるララ。
　「……だから、俺はみんなにガルディア城へと来てほしいんだ。」
　「クロノ！それはまだ……」
　「な、何だって！？こうしちゃいられねぇ！」
　そう叫び、ダバンはララの腕を引っ張って二階の彼の部屋へと走る。
　「ちょ、ちょっとお父さん！何慌ててんのよ！」
　「戦争が始まるんだったら、さっさとこんな所からおさらばしねぇと！……ほら母さん！早く服を詰めて！」
　「………」
　慌てる父と母を見て、ルッカはため息をついてクロノへと答える。
　「……分かったわ。今日中に家を出ましょう。」
　「……有難う、ルッカ。」
　「ええ。……ほら、マキもさっさと支度しなさいよ！」
　「お、おう。」
　少々焦りながらも、マキは自分の部屋へと走っていく。
　ルッカの突然の変換に驚いたクロノは、部屋を出ていこうとする彼女へと、
　「……本当にいいの？」
　「何言ってんのよ。城に行ってって言ったのはあんたでしょうが。」
　「あ、ああ。……そうだったね。」
　「全く……。じゃ、あたしは支度してくるから。」
　そう言い残し、ルッカは部屋を出て、自分の部屋へと歩いていった。
　残ったクロノは、窓の外を眺めながら、この大地が後に戦場と化してしまうかもしれない事を考える。……いや、その事が頭から放れなかった。
　大きな事にはならない事を願うクロノだった……。
 

　ゼナン橋がかけられた海域、ゼナン海域の北側に、ガルディア海軍の船が集まっている。南に集まっている軍制を迎え撃つ為に、守備用の戦力を集めているのだ。
　パレポリの軍の配置から見て、彼等はゼナン橋の東の海域を船で突破しようとしていると、ガルディアの参謀が予想していた。よって、その海域には海軍の主力部隊を配置し、侵略への対応を万全としようという作戦だった。
　……そして、その防衛ラインには、直々に指事を出す為に、ガルディア王自らが参上していた。
　部隊の司令船へと到着した彼へと、敬礼で歓迎する部隊長。
　「長旅、お疲れ様であります！」
　「うむ。早速だが、現状の報告を聞かせてくれ。」
　「はっ！偵察からの報告によりますと、０７３１時にパレポリ側に主力艦隊と思われる船が集合しているとの事です。」
　「ふむ……。で、敵の戦力は？」
　「は、こちらと比べて６：４の割合で、こちら側の優先と予想されております。」

　「……そうか……。で、奴等はまだ動いてはおらんのだな？」
　「は、はい。今の所は……」
　「た、隊長??！！！」
　大声で廊下を走り、作戦室の扉を大きく開けて兵士が入って来る。
　「どうした！？」
　「て、偵察から報告が入りました！パレポリ軍が動きだしたとの事です！」
　「な、何だと！？」

　「よし、皆揃ったな。」
　パレポリ軍が動き出し、緊急作戦会議が決行された。会議室には作戦参謀や部隊長などの面子が揃っている。
　そこで一人の参謀が、ゼナン海域の地図を出す。
　「現在の動きから見て、パレポリ軍は海域の西側へと曲がり、そこから上陸しようとしていると思われます。恐らく、我々の戦力が最も薄い地点を狙っているのでしょう。」
　「それなら話は早い。今すぐに我々の戦力をそちらへと集中せねば！」
　「いや待て。どうもおかしくは無いか？どう見ても奴等はこちらへと正面衝突しようとしているとしか思えない。」
　「確かにそうだ。しかし、これが彼等の主力部隊である事は間違い無い。多分、強行突破という作戦なのだろうよ。」
　「う?む、しかしだな……」
　対策に悩み、なかなか会議が進まない。……そんな中、一人の男が手を上げる。

　「……陛下、私に定案があります。」
　「言ってみろ。」
　「は。敵が強行突破を計るつもりなのなら、こちらから攻めるというのはいかがでしょう？」
　「ほう？」
　「つまり、我々の戦力の一部を放ち、奴等を足止めします。その間に後ろに新たな防衛ラインを幾つか設置するのです。」
　男が話し終えると、会議室中にざわめきの音がボゾボゾと轟く。
　「ふむ……。つまり、こちらの防衛ラインを圧縮するという事か？」
　「そういう事になります。」
　「なるほどな……。この作戦に反対する者は？」
　王の問いに答える者は無かった。
　「……よし、ではこの作戦でいこう。それではまずその第一防衛ラインだが……」

　それからおよそ２時間後、会議は修了した。
　複数の防衛ラインを敵へと向けるという作戦、通常「イージス作戦」に使われる第一防衛ラインは、西へと移動し始めたパレポリ軍へと移動を開始した。
　……そして夕方頃、両軍は接触。
　先手を取ったのはパレポリであった。先手必勝を試みようとしたのか、彼等はガルディア軍へと一斉攻撃をしかけるが、ガルディアの防御は崩れない！
　向かって来るパレポリ軍へと大砲を発射！……しかし、それでもパレポリは前身を止めようとはしない！
　「こ、こいつら正気か！？第２波、用意！」
　……大砲の第２波が発射される！今度は船を幾つか沈める事が出来たが、それでもパレポリは進軍を止めない！
　「な、何だと……うわっ！」
　パレポリは、何と近距離で大砲を一斉に発射した！大砲の玉は船を貫き、海の底へと沈める！
　パレポリの行動に焦りを感じた隊長は、
　「くっ、後退するぞ！第２防衛ラインと合流する！」
　ガルディア軍は後ろへと全速力で後退する。そして、彼等を追うように突き進むパレポリ軍。
　第１防衛ラインからの伝言を受けた第２防衛ラインは、大至急彼等を援護しようと全速力で前身し、彼等と合流する。
　今度は捨て身の攻撃は行なわないパレポリの進軍を、ガルディア軍は何とか止める事に成功している。しかし、長期戦になると消耗が激しくなる。
　「くっ……、まだ仕留められんのか！？」
　「は。どうもパレポリ軍は防御にてっしているようで……。」
　「ちっ、このままだとこっちのダメージが大きくなりすぎてしま……」
　「た、隊長??！！！」
　後ろから、兵士が走って来る。
　「ど、どうした！？」
　「え、援軍が到着しました！」
　「え、援軍だと！？パレポリか！？」
　「い、いえ……、どうやら我々の軍のようです！」
　「な……」
　直ぐに外へと走り、海を見る。すると、やはりガルディア軍の船が、敵を取り囲むように配置されている！
　そしてその中にある船は、やはり見覚えがある。
　「あ、あれは陛下の船だ！」
　ガルディア王の艦隊が、後ろの防衛ラインからこちらへと移動して来たのだ。

　囲まれたパレポリ軍は、何としてでも突破しようと後ろへと後退するが、ガルディア軍は彼等へと攻撃しながら進軍し、後を追う！
　このまま行けば勝利は確実だと、兵士達は強く信じ始める。実際、もう敵の戦力の２／３を撃破している。ガルディアの消耗の倍以上だ。
　……そしてそのまま戦闘は続き、ガルディアの勝利は目の前と思われた時、
　パレポリ軍は、突然攻撃を停止した。
　「……な、何だ？」
　船の正面からパレポリ軍の動きを見て、一瞬降伏でもするのかと思ったガルディア王。
　しかし、
　「へ、陛下！！」
　「な、何事だ！？」
　息を切らしながら走って来た兵士は、一枚の紙を握っていた。
　「そ、それが……」
　「一体どうしたのだ！？」
　「ゼ、ゼナン橋の西側に現れたパレポリ軍が現れ、我方のメルゼス艦隊が全滅したとの事です！」
　「な、何だと！？」
　うかつだった。この艦隊は囮だったのか。どうりで守備にてっしている筈だ。

　……しかし変だ。ここにいる艦隊は、パレポリの戦力の殆どを注いているはずだ。西を攻めるのに必要な戦力と会わせてみても、どうも数が納得いかない。
　「……西を攻めた艦隊の戦力は！？」
　「て、敵の艦隊の戦力は、およそ３であったとの報告であります。」
　「な、何だと！？メ、メルゼスはそんな戦力に負けたとでも言うのか！？」
　「い、いえ、それが通信が途中で跡絶えてしまいまして……」
　「……ん？な、何だあれは！？」
　パレポリ軍の船の大砲が赤く光っているのを、ガルディア王は発見した。
　「な、何なんだあの光は……うわっ！」
　その瞬間だった。
　大砲から発射されたのは、赤く光った大砲の玉のような物だった。それは王の船へと一直線で放たれ、船の正面に衝突する。
　……それを目撃したガルディアの兵士達は、その見る目を疑った。
　何と、その大砲の玉は船に衝突したと同時に、巨大な炎を撒き散らしながら爆発してしまった！一体船に何が起こったのかは煙で見えなかったが、大凡の予想はつく。
　「へ、陛下??！！」
　煙が晴れ、船の状況がはっきりと見える。……しかし、それを見た物は、とてつも無い絶望感に襲われてしまう。
　……船の正面は完全に失われていた。船は大きく傾いており、恐るべき早さで
沈んでいる。
　ガルディア王の姿は、何所にも無い。
　「そ、そんな……。」
　しかし、パレポリはその赤く光る玉を、悲しむ兵士達へと一斉に発射する。容赦無く、パレポリはこの海域を文字通り“火の海”へと変えていった。
　……最後には、ガルディアの船は全て沈んでしまい、パレポリの艦隊はそのまま進軍を続け、ついに上陸をはたした……。