3:故郷
 雲一つ無い青い空、そしてその色を映す、青い海。その海の向こうに見える大きな港町、トルーズ。冷たい風も、こういう日には涼しく感じる。
 船の甲板の上で、クロノとマキはその港町を見ていた。
 「あれが、お前の生まれた国か……。」
 「うん。」
 「……なぁ、それより大丈夫なのか?お前が町中歩いてたら、正体がバレちまうんじゃ……」
 「ははは。別にそんな事は無いよ。旅人の格好をしてると、誰も気付かないんだ。それに、王子の顔って、意外と覚えてもらえる事無いし。」
 「そんなモンか?」
 「そんなモンさ。マールも町の人達に気付かれる事って、あまり無かったしね。ほら、そろそろ到着するよ。」
 船がゆっくりと港へと近付く中、クロノは船の中へと階段を降りていく。
 「お、おい待てよ!」
 マキがクロノを追って中へと入っていく中、船は港へとゆっくり近付いていく。

 ……そして数分が経ち、ようやくクロノとマキは船から降り、ガルディアの地に足を踏み入れる。
 そこはメディーナの港町に勝るとも劣らない活機で溢れており、無数の人々が、色々な方向を歩き回っている。世界一の大国ガルディアの港町であるここトルーズは、パレポリやメディーナなどの国へと行く為の扉でもあり、辺りは活機と人々で満ち溢れている。
 「……すげぇな。」
 「昼頃になると何時もこんな物さ。……魔族はあまりいないけど。」
 「ま、そりゃそうだ。メディーナの魔族は国を出ようとはあまり思わねぇからな。……さて、さっさとお前の所へ行くか。」
 「ああ。」
 本当は、マキにトルーズの案内をしたかったのだが、クロノは早く城へ帰りたかった。城の者達も心配しているだろうし、何よりもヨーヴの顔が早く見たい。

 トルーズを出た二人は、そのままガルディア城まで旅を続けた。トルーズからガルディア城まで2?3日程であったが、天気に恵まれた二人の旅は、それ程辛い物では無かった。
 森を抜け、やっと城が見えた。崖の上に立てられたガルディア城は、まるで世界を眺めているかのような偉大さを放っている。この城を見ると、ガルディアという国の力強さを改めて感じ取れる。
 「す、すげぇ……。こいつがガルディア城かぁ……。」
 「ビックリするのはまだ早いよ。早く中へ入らないと。」
 「お、おう……。」
 クロノに連れられ、マキはガルディア城の城門まで辿り着く。まるで家ほどの大きさを持つその門の前には、二人の兵士が立っている。
 その内の一人が、マキと一緒に歩いているクロノを発見する。
 「……あ、貴方は……!」
 「や、ただ今。」
 「ク、クロノ王子!お帰りなさいませ!」
 門から放れ、クロノへと走る二人。そこで彼等は、クロノの隣にいる、いかにも悪そうな顔をした人物に気付く。
 「き、貴様!何奴!?」
 「ま、待ってよ!この人は……」
 クロノが喋り終える前に、兵士は首に垂らしていた笛を鳴らす!耳が破れそうな音が響き渡ると、城の中から10人程の兵士達が現れ、マキを取り囲む!
 「ひっとらえろ!クロノ王子を誘拐したテロリストだぁ!!」
 彼が叫ぶと同時に、兵士達はマキへと飛び込む!
 「ちょ……」
 剣を抜く暇も無く、マキは兵士達に取り押さえられてしまう。
 「クロノ王子!大丈夫でしたか!?」
 「……はぁ……」
 あまりにも呆れてしまったクロノは、ゆっくりとため息をつく。
 「……俺の話も聞いてよ。マキはテロリストでも何でも無いって。ただの友達だよ。」
 「と……友達……ですか?」
 「だから早く放してあげてって。」
 「し、しかし……」
 「放せって言ってるだろ!3年前の事を忘れた訳じゃないだろ!?」
 「……は!も、申し訳ありません!おい、彼を放せ!」
 兵士が命令を下すと、マキを取り押さえていた兵士達は彼から放れる。ゲホゲホと咳をしながら、マキはゆっくりと立ち上がる。
 「ったく、とんでも無ぇご招待だぜ。」
 「も、申し訳ございません……。」
 兵士達全員が謝ると、彼等はクロノとマキを城の中へと入れる。
 門を潜った先には、いかにも城の中と言った風景が広がっていたのだが、それはマキの想像を裏返していた。彼が想像していたのは、シャンデリアや大理石の床など、飾りつけられてキラキラした風景だったのだが、本物と言うのは実はかなりシンプルな作りになっていた。大理石では無く煉瓦で作られた床と壁、そして天井にはシャンデリアでは無く、ごく普通の照明がぶら下がっている。
 城の中を進んでいく内に、一つの大きな椅子がある部屋へと入る。椅子の飾りから見て、ここは王の間である事が分かる。
 しかし、王の間とは言った物の、やはり想像した程の凄さでは無い。
 「……へ、何だ、大した事無ぇじゃねぇか。」
 「何が?」
 「い、いや別に……。」
 少し焦りながら、マキは話をそらす。
 ……すると、城の奥から叫び声が。
 「クロノ???!!!」
 「な、何だ!?」
 奥の右の階段の上から、若い女性の声がする。堅い廊下の上を走る音がすると思えば、その声の主は階段を駈け下りて、クロノへと走る。
 彼女は大きな眼鏡をかけていて、彼女の紫の髪は肩まで伸びている。茶色の服とスカートという、いたって普通の服装なのだが、腰などにいろいろ怪しい機械をぶら下げている。
 マキがそう考えている内に、彼女はクロノの正面まで近付く。
 「……ルッ」
 ……バシッ
 腕を大きく振って、クロノに強烈な平手打ちを与える。
 驚いて跳び上がってしまったマキだが、クロノはまるでこれが来るのが分かっていたかのように、表情が変わらない。
 「……あんたがここまで自分勝手だっただなんて、夢にも思わなかったわ!」
 「……ごめん、ルッカ……。」
 「ごめんで済むような事じゃ無いわよ!……確かにマールが死んじゃった事は今でも辛いわよ。でも……でもあんたと彼女の一人息子を置いて出ていくなんて、何て神経してるのよ!」
 「………」
 涙を流しながら叫ぶルッカと、同じく涙を流しながらそれを受け止めるクロノ。

 しかし、ルッカの叫びに驚いたマキは、彼女とクロノの間に入る。
 「お、おいおい、そこまで叫ぶ必用はねぇんじゃねぇのかよ?」
 「うるさいわね!あんたには関係無いでしょ!」
 「な、何だとこのアマ!」
 「な、何ですって!?こ、この……」
 「やめてくれ!」
 二人の喧嘩を止めに入ろうとするクロノ。
 「マキ、彼女を攻めないでくれ。悪いのは……俺なんだし。……ルッカも分かってくれ。マキは……マキは俺の恩人なんだ。」
 「お、恩人?」
 クロノの言葉は、ルッカだけでは無くマキおも驚かせた。
 「俺はここから家出した後、メディーナへ行ったんだ。そこでマキと出会って……教えられたんだ。こんな事で悲しんでちゃいけないって。悲しむだけじゃ、彼女も喜んじゃくれないって。」
 「……そ、そうだったの……。」
 「……クロノ……。」
 ……マキはあえて聞こうとはしなかった。自分がどうやって彼を立ち直らせたのか、そんな事はどうでもいい。彼の力になってあげる事が出来たのなら、それで十分だと。
 ルッカは、そんなマキへと向いて、優しい微笑みを見せる。
 「……有難う、マキさん。」
 「え?い、いや、俺は別に……」
 顔を赤くして、彼女から目を逸らしてマキは答える。ほめられたり、感謝される事が少なかった彼にとって、ルッカの言葉はとても不思議な気持ちで彼を満たす。
 「……そうだ!ヨーヴは……ヨーヴは何所に?」
 そんな中、慌てた声でクロノは叫ぶ。
 「え?あ、ヨーヴ君ならマールの部屋にいるけど……」
 「有難う!」
 そう叫び、ルッカが下りて来た階段へと全速力で走って行くクロノ。
 「お、おいクロノ!」
 彼を追いかけようと、マキとルッカはクロノの後を走る。
 階段の上へと上がり、最上階まで上がった所に、クロノの部屋がある。昔はマールの部屋でもあったのだが、それは彼女が亡くなった前の話。
 しかし、中にはクロノ以外にも住人はいた。
 部屋の奥で座っているメイドの腕の中で、優しくあやされている小さな王子。クロノとマールの愛が生み出した命。
 薄く生えた髪は父と同じ赤色で、とても生き生きとした目が輝いている。メイドにお腹をくずぐられ、彼女へと腕を伸ばしている、とても元気な赤ん坊だ。
 しかしそんな中、息を切らしたクロノが部屋の中へと入って来る。突然の王子の帰国に驚いたメイドは、思わず声を上げてしまう。
 「ク、クロノ王子!い、いつお帰りに……」
 答えを出さないまま、クロノはメイドのすぐ近くまで近付く。
 「……ヨーヴを抱かせてくれないか?」
 「え?……は、はい……。」
 そう言い、ゆっくりとヨーヴをクロノへと差し出す。ゆっくりと……ゆっくりと腕を伸ばし、クロノはヨーヴを手に取り、自分の胸元へと持って行く。
 父親に抱かれたヨーヴは、とても嬉しそうに笑い始める。腕を伸ばし、少しでも父の顔に近付こうとする。
 そんなヨーヴを見て、クロノは体の中から何かがこみ上がってくるような感情を受ける。
 そして、ヨーヴを胸の上まで持ち上げ、彼を優しく抱きしめる。
 「……ごめん……。もう……もうお前を置いて行かないから……。」
 瞳から、一粒の涙がこぼれる。
 「……王子……」
 ……部屋の中へと、誰かが入って来る。誰にも邪魔をさせたく無いと、メイドはすぐに入口へと向く。
 「あ、今はお引き取り願……」
 「いや、いいんだ。入れてやってくれ。」
 「は、はい……。」
 クロノの招待を受け入れ、マキとルッカは部屋の中へと入る。
 一人息子を大事に抱えるクロノの姿は、マキの中の何かを動かす。
 『……こいつがクロノの子、か……。』
 クロノへと近付き、彼が抱く赤子の顔を眺める。大きな笑顔を映したその姿を見て、この子の底に眠る力強さを感じる。
 「……キャッキャッ!」
 「ん?どうしたヨーヴ。」
 近付いたマキを見て、ヨーヴは彼へと体を伸ばす。
 「……マキが気に入ったのか?」
 「へ?お、俺がか?」
 「ほら、抱いてみるか?」
 「ちょ、ちょっと間て……俺はガキが苦手で……」
 問答無用で、クロノはマキへとヨーヴを差し出す。少し戸惑いながらも、マキはヨーヴを受け止め、自分の腕の上に乗せて持つ。
 「キャッキャッ!」
 「あらあら、すっかり気に入られちゃったみたいね、マキさん。」
 後ろから、ルッカが入りこんで来る。
 「……へへ。ま、いいか……。」
 マキの腕の中で笑うヨーヴを取り囲んで、三人はそのまま立ったまま、その赤子を眺める。
 そんな中、クロノは仲間がいる事、ルッカはクロノが帰って来てくれた事、そしてマキは心の底から信頼出来る仲間が出来た事の喜びを、それぞれ感じていた……。
 
 
 

 「き、貴様は……何者だ!?」
 ここは南大陸に位置する国、パレポリ共和国。美しい緑に恵まれた大陸。
 200年前に起きたサンドリノとパレポリとの戦争が終結した後、南大陸の全てはパレポリの領土となっていた。
 その後からパレポリは僅かながらも内に野心を秘めていたのだが、世界一の大国ガルディアへの恐れの余り、身動きがとれないでいた。
 ……その野心は、今この時代でも生き続いている。
 しかし、ガルディアの力があまりにも巨大すぎる為、たとえどんな軍事行動を起こそうとしても、ガルディアの目を光らせてしまう。
 ……しかしある日、不思議な男が大統領の会議室へと突然入って来た。
 その男は癖のある茶色の髪を肩の下まで伸ばしていて、見るからに怪しげなマントをしている。見た事も無い服装で、右目には眼帯を付けている。
 大統領と議員達は、突然現れた謎の男を見て驚き、席から立ち上がる。
 「へへ……、あんたがパレポリの大統領さんだな?」
 「か、会議中だぞ!警備隊は何をしている!?早くこいつを連れ出せ!」
 「おっと、援軍をつれて来ようとしても無駄だぜ。ここまで来る途中に兵士達は全員眠らせておいた。」
 「ね、眠らせただと!?」
 「ま、そういう事だ。……へへ、国のお偉いさん達が勢揃いとは、俺もツイてるぜ。」
 「な……ど、どういう事だ?」
 「まあまあ、落ち着いて聞きなって。ほら、座んなよ。」
 「………」
 恐怖しながらも、大統領達は元の席に座り、彼の話を聞く体制に入る。逆らうと何が起こるか分からない。選択の余地は無かった。
 「……あんたの国の事、いろいろ調べさせてもらったぜ。大昔に戦争で勝ったって話じゃねぇか。」
 「……それがどうした?」
 「あんた、そのままでいいのか?この国は、あれから領土を広めたがってるらしいじゃねぇか。」
 「くっ、な、何をふざけた事を……」
 「おっと、嘘はつかねぇ方が健康的だぜ、おっさん。」
 そう言い、大統領の正面へと顔を近付けて、少し柔らかい声で喋り始める。
 「俺は分かってるんだよ……あんた達の野心を。国の力を世にしらしめたい。パレポリは力ある国だって事を見せつけてやりたい。」
 「………」
 「……でも、あのガルディアって国が邪魔してる。昔チョラスを攻めようとした時も、ガルディアに止められちまったみてぇだし。」
 「……何が言いたい?」
 そして、その男は不気味な微笑みを浮かべながら、こう言った:
 「力が……欲しいんだろ?」
 「な……!」
 突然大声を上げて、大統領は立ち上がる。
 「俺の知る全ての技術を教えてやる。その全てを手に入れれば……この国は世界一になれる。」
 「な、何だと!?」
 会議室の中に、ざわめきの嵐が吹き荒れる。
 「……貴様の言う技術とは、一体どういう物だ?」
 「ま、いろいろあるかな。火器兵器…機械兵器…生体兵器……、数えようとしてもキリが無いな。」
 「せ、生体兵器だと……?!」
 「なんなら……見てみるか?」
 

  男につれられ、大統領達は建物の外の庭へと集まる。やはりこの男がやったのか、途中見た人間達は皆死んだように眠っており、起きていた者は一人もいなかった。
 男は広場の奥へと歩くと、腰の中から赤色の丸い玉のような物を取り出す。
 「それが……例の兵器なのか?」
 「いや、こいつはただのおもちゃだ。」
 「お、おもちゃだと!?」
 「ま、見てな。」
 玉を強く握ると、男はそれを遠くへと全力で投げる!空中を飛んでいく玉が微かに光ったと思えば、何とそれは地面に当たると同時に大爆発を引き起こし、辺りに炎を撒き散らす!
 巨大な爆発とその音で、完全に腰を抜かしてしまった大統領。
 「こ……これが、おもちゃ……?」
 「へへ、こんな物、兵器なんで呼べる代物じゃねぇ。……どうだ?興味がわいてきただろう?」
 「………」
 暫しの沈黙の後、大統領は震えた声で答える。
 「……要求は何だ?」
 「無い。この国が世界の王者になってくれればそれでいい。」
 「………」
 怪しい。怪しすぎる。ここまで強力な兵器を、タダでくれるような者などいる筈がない。何か裏があると、本能が叫んでいる。
 ……しかし、これは拒否出来ない話だった。
 「……いいだろう。」
 「いい選択だ。後2〜3年もすれば、パレポリは世界一の大国になるぜ。楽しみにしてる事だな。」
 そして、大統領は震える手をさしのべ、男と堅い握手を交す。
 その日から、あの男の不気味な微笑みは、何日間も大統領の頭から放れようとはしなかった……。
 
 ……今、歴史が激しく蠕き始める……。