……そして数分が経ち、ようやくクロノとマキは船から降り、ガルディアの地に足を踏み入れる。
そこはメディーナの港町に勝るとも劣らない活機で溢れており、無数の人々が、色々な方向を歩き回っている。世界一の大国ガルディアの港町であるここトルーズは、パレポリやメディーナなどの国へと行く為の扉でもあり、辺りは活機と人々で満ち溢れている。
「……すげぇな。」
「昼頃になると何時もこんな物さ。……魔族はあまりいないけど。」
「ま、そりゃそうだ。メディーナの魔族は国を出ようとはあまり思わねぇからな。……さて、さっさとお前の所へ行くか。」
「ああ。」
本当は、マキにトルーズの案内をしたかったのだが、クロノは早く城へ帰りたかった。城の者達も心配しているだろうし、何よりもヨーヴの顔が早く見たい。
トルーズを出た二人は、そのままガルディア城まで旅を続けた。トルーズからガルディア城まで2?3日程であったが、天気に恵まれた二人の旅は、それ程辛い物では無かった。
森を抜け、やっと城が見えた。崖の上に立てられたガルディア城は、まるで世界を眺めているかのような偉大さを放っている。この城を見ると、ガルディアという国の力強さを改めて感じ取れる。
「す、すげぇ……。こいつがガルディア城かぁ……。」
「ビックリするのはまだ早いよ。早く中へ入らないと。」
「お、おう……。」
クロノに連れられ、マキはガルディア城の城門まで辿り着く。まるで家ほどの大きさを持つその門の前には、二人の兵士が立っている。
その内の一人が、マキと一緒に歩いているクロノを発見する。
「……あ、貴方は……!」
「や、ただ今。」
「ク、クロノ王子!お帰りなさいませ!」
門から放れ、クロノへと走る二人。そこで彼等は、クロノの隣にいる、いかにも悪そうな顔をした人物に気付く。
「き、貴様!何奴!?」
「ま、待ってよ!この人は……」
クロノが喋り終える前に、兵士は首に垂らしていた笛を鳴らす!耳が破れそうな音が響き渡ると、城の中から10人程の兵士達が現れ、マキを取り囲む!
「ひっとらえろ!クロノ王子を誘拐したテロリストだぁ!!」
彼が叫ぶと同時に、兵士達はマキへと飛び込む!
「ちょ……」
剣を抜く暇も無く、マキは兵士達に取り押さえられてしまう。
「クロノ王子!大丈夫でしたか!?」
「……はぁ……」
あまりにも呆れてしまったクロノは、ゆっくりとため息をつく。
「……俺の話も聞いてよ。マキはテロリストでも何でも無いって。ただの友達だよ。」
「と……友達……ですか?」
「だから早く放してあげてって。」
「し、しかし……」
「放せって言ってるだろ!3年前の事を忘れた訳じゃないだろ!?」
「……は!も、申し訳ありません!おい、彼を放せ!」
兵士が命令を下すと、マキを取り押さえていた兵士達は彼から放れる。ゲホゲホと咳をしながら、マキはゆっくりと立ち上がる。
「ったく、とんでも無ぇご招待だぜ。」
「も、申し訳ございません……。」
兵士達全員が謝ると、彼等はクロノとマキを城の中へと入れる。
門を潜った先には、いかにも城の中と言った風景が広がっていたのだが、それはマキの想像を裏返していた。彼が想像していたのは、シャンデリアや大理石の床など、飾りつけられてキラキラした風景だったのだが、本物と言うのは実はかなりシンプルな作りになっていた。大理石では無く煉瓦で作られた床と壁、そして天井にはシャンデリアでは無く、ごく普通の照明がぶら下がっている。
城の中を進んでいく内に、一つの大きな椅子がある部屋へと入る。椅子の飾りから見て、ここは王の間である事が分かる。
しかし、王の間とは言った物の、やはり想像した程の凄さでは無い。
「……へ、何だ、大した事無ぇじゃねぇか。」
「何が?」
「い、いや別に……。」
少し焦りながら、マキは話をそらす。
……すると、城の奥から叫び声が。
「クロノ???!!!」
「な、何だ!?」
奥の右の階段の上から、若い女性の声がする。堅い廊下の上を走る音がすると思えば、その声の主は階段を駈け下りて、クロノへと走る。
彼女は大きな眼鏡をかけていて、彼女の紫の髪は肩まで伸びている。茶色の服とスカートという、いたって普通の服装なのだが、腰などにいろいろ怪しい機械をぶら下げている。
マキがそう考えている内に、彼女はクロノの正面まで近付く。
「……ルッ」
……バシッ
腕を大きく振って、クロノに強烈な平手打ちを与える。
驚いて跳び上がってしまったマキだが、クロノはまるでこれが来るのが分かっていたかのように、表情が変わらない。
「……あんたがここまで自分勝手だっただなんて、夢にも思わなかったわ!」
「……ごめん、ルッカ……。」
「ごめんで済むような事じゃ無いわよ!……確かにマールが死んじゃった事は今でも辛いわよ。でも……でもあんたと彼女の一人息子を置いて出ていくなんて、何て神経してるのよ!」
「………」
涙を流しながら叫ぶルッカと、同じく涙を流しながらそれを受け止めるクロノ。
しかし、ルッカの叫びに驚いたマキは、彼女とクロノの間に入る。
「お、おいおい、そこまで叫ぶ必用はねぇんじゃねぇのかよ?」
「うるさいわね!あんたには関係無いでしょ!」
「な、何だとこのアマ!」
「な、何ですって!?こ、この……」
「やめてくれ!」
二人の喧嘩を止めに入ろうとするクロノ。
「マキ、彼女を攻めないでくれ。悪いのは……俺なんだし。……ルッカも分かってくれ。マキは……マキは俺の恩人なんだ。」
「お、恩人?」
クロノの言葉は、ルッカだけでは無くマキおも驚かせた。
「俺はここから家出した後、メディーナへ行ったんだ。そこでマキと出会って……教えられたんだ。こんな事で悲しんでちゃいけないって。悲しむだけじゃ、彼女も喜んじゃくれないって。」
「……そ、そうだったの……。」
「……クロノ……。」
……マキはあえて聞こうとはしなかった。自分がどうやって彼を立ち直らせたのか、そんな事はどうでもいい。彼の力になってあげる事が出来たのなら、それで十分だと。
ルッカは、そんなマキへと向いて、優しい微笑みを見せる。
「……有難う、マキさん。」
「え?い、いや、俺は別に……」
顔を赤くして、彼女から目を逸らしてマキは答える。ほめられたり、感謝される事が少なかった彼にとって、ルッカの言葉はとても不思議な気持ちで彼を満たす。
「……そうだ!ヨーヴは……ヨーヴは何所に?」
そんな中、慌てた声でクロノは叫ぶ。
「え?あ、ヨーヴ君ならマールの部屋にいるけど……」
「有難う!」
そう叫び、ルッカが下りて来た階段へと全速力で走って行くクロノ。
「お、おいクロノ!」
彼を追いかけようと、マキとルッカはクロノの後を走る。
階段の上へと上がり、最上階まで上がった所に、クロノの部屋がある。昔はマールの部屋でもあったのだが、それは彼女が亡くなった前の話。
しかし、中にはクロノ以外にも住人はいた。
部屋の奥で座っているメイドの腕の中で、優しくあやされている小さな王子。クロノとマールの愛が生み出した命。
薄く生えた髪は父と同じ赤色で、とても生き生きとした目が輝いている。メイドにお腹をくずぐられ、彼女へと腕を伸ばしている、とても元気な赤ん坊だ。
しかしそんな中、息を切らしたクロノが部屋の中へと入って来る。突然の王子の帰国に驚いたメイドは、思わず声を上げてしまう。
「ク、クロノ王子!い、いつお帰りに……」
答えを出さないまま、クロノはメイドのすぐ近くまで近付く。
「……ヨーヴを抱かせてくれないか?」
「え?……は、はい……。」
そう言い、ゆっくりとヨーヴをクロノへと差し出す。ゆっくりと……ゆっくりと腕を伸ばし、クロノはヨーヴを手に取り、自分の胸元へと持って行く。
父親に抱かれたヨーヴは、とても嬉しそうに笑い始める。腕を伸ばし、少しでも父の顔に近付こうとする。
そんなヨーヴを見て、クロノは体の中から何かがこみ上がってくるような感情を受ける。
そして、ヨーヴを胸の上まで持ち上げ、彼を優しく抱きしめる。
「……ごめん……。もう……もうお前を置いて行かないから……。」
瞳から、一粒の涙がこぼれる。
「……王子……」
……部屋の中へと、誰かが入って来る。誰にも邪魔をさせたく無いと、メイドはすぐに入口へと向く。
「あ、今はお引き取り願……」
「いや、いいんだ。入れてやってくれ。」
「は、はい……。」
クロノの招待を受け入れ、マキとルッカは部屋の中へと入る。
一人息子を大事に抱えるクロノの姿は、マキの中の何かを動かす。
『……こいつがクロノの子、か……。』
クロノへと近付き、彼が抱く赤子の顔を眺める。大きな笑顔を映したその姿を見て、この子の底に眠る力強さを感じる。
「……キャッキャッ!」
「ん?どうしたヨーヴ。」
近付いたマキを見て、ヨーヴは彼へと体を伸ばす。
「……マキが気に入ったのか?」
「へ?お、俺がか?」
「ほら、抱いてみるか?」
「ちょ、ちょっと間て……俺はガキが苦手で……」
問答無用で、クロノはマキへとヨーヴを差し出す。少し戸惑いながらも、マキはヨーヴを受け止め、自分の腕の上に乗せて持つ。
「キャッキャッ!」
「あらあら、すっかり気に入られちゃったみたいね、マキさん。」
後ろから、ルッカが入りこんで来る。
「……へへ。ま、いいか……。」
マキの腕の中で笑うヨーヴを取り囲んで、三人はそのまま立ったまま、その赤子を眺める。
そんな中、クロノは仲間がいる事、ルッカはクロノが帰って来てくれた事、そしてマキは心の底から信頼出来る仲間が出来た事の喜びを、それぞれ感じていた……。
「き、貴様は……何者だ!?」
ここは南大陸に位置する国、パレポリ共和国。美しい緑に恵まれた大陸。
200年前に起きたサンドリノとパレポリとの戦争が終結した後、南大陸の全てはパレポリの領土となっていた。
その後からパレポリは僅かながらも内に野心を秘めていたのだが、世界一の大国ガルディアへの恐れの余り、身動きがとれないでいた。
……その野心は、今この時代でも生き続いている。
しかし、ガルディアの力があまりにも巨大すぎる為、たとえどんな軍事行動を起こそうとしても、ガルディアの目を光らせてしまう。
……しかしある日、不思議な男が大統領の会議室へと突然入って来た。
その男は癖のある茶色の髪を肩の下まで伸ばしていて、見るからに怪しげなマントをしている。見た事も無い服装で、右目には眼帯を付けている。
大統領と議員達は、突然現れた謎の男を見て驚き、席から立ち上がる。
「へへ……、あんたがパレポリの大統領さんだな?」
「か、会議中だぞ!警備隊は何をしている!?早くこいつを連れ出せ!」
「おっと、援軍をつれて来ようとしても無駄だぜ。ここまで来る途中に兵士達は全員眠らせておいた。」
「ね、眠らせただと!?」
「ま、そういう事だ。……へへ、国のお偉いさん達が勢揃いとは、俺もツイてるぜ。」
「な……ど、どういう事だ?」
「まあまあ、落ち着いて聞きなって。ほら、座んなよ。」
「………」
恐怖しながらも、大統領達は元の席に座り、彼の話を聞く体制に入る。逆らうと何が起こるか分からない。選択の余地は無かった。
「……あんたの国の事、いろいろ調べさせてもらったぜ。大昔に戦争で勝ったって話じゃねぇか。」
「……それがどうした?」
「あんた、そのままでいいのか?この国は、あれから領土を広めたがってるらしいじゃねぇか。」
「くっ、な、何をふざけた事を……」
「おっと、嘘はつかねぇ方が健康的だぜ、おっさん。」
そう言い、大統領の正面へと顔を近付けて、少し柔らかい声で喋り始める。
「俺は分かってるんだよ……あんた達の野心を。国の力を世にしらしめたい。パレポリは力ある国だって事を見せつけてやりたい。」
「………」
「……でも、あのガルディアって国が邪魔してる。昔チョラスを攻めようとした時も、ガルディアに止められちまったみてぇだし。」
「……何が言いたい?」
そして、その男は不気味な微笑みを浮かべながら、こう言った:
「力が……欲しいんだろ?」
「な……!」
突然大声を上げて、大統領は立ち上がる。
「俺の知る全ての技術を教えてやる。その全てを手に入れれば……この国は世界一になれる。」
「な、何だと!?」
会議室の中に、ざわめきの嵐が吹き荒れる。
「……貴様の言う技術とは、一体どういう物だ?」
「ま、いろいろあるかな。火器兵器…機械兵器…生体兵器……、数えようとしてもキリが無いな。」
「せ、生体兵器だと……?!」
「なんなら……見てみるか?」
男につれられ、大統領達は建物の外の庭へと集まる。やはりこの男がやったのか、途中見た人間達は皆死んだように眠っており、起きていた者は一人もいなかった。
男は広場の奥へと歩くと、腰の中から赤色の丸い玉のような物を取り出す。
「それが……例の兵器なのか?」
「いや、こいつはただのおもちゃだ。」
「お、おもちゃだと!?」
「ま、見てな。」
玉を強く握ると、男はそれを遠くへと全力で投げる!空中を飛んでいく玉が微かに光ったと思えば、何とそれは地面に当たると同時に大爆発を引き起こし、辺りに炎を撒き散らす!
巨大な爆発とその音で、完全に腰を抜かしてしまった大統領。
「こ……これが、おもちゃ……?」
「へへ、こんな物、兵器なんで呼べる代物じゃねぇ。……どうだ?興味がわいてきただろう?」
「………」
暫しの沈黙の後、大統領は震えた声で答える。
「……要求は何だ?」
「無い。この国が世界の王者になってくれればそれでいい。」
「………」
怪しい。怪しすぎる。ここまで強力な兵器を、タダでくれるような者などいる筈がない。何か裏があると、本能が叫んでいる。
……しかし、これは拒否出来ない話だった。
「……いいだろう。」
「いい選択だ。後2〜3年もすれば、パレポリは世界一の大国になるぜ。楽しみにしてる事だな。」
そして、大統領は震える手をさしのべ、男と堅い握手を交す。
その日から、あの男の不気味な微笑みは、何日間も大統領の頭から放れようとはしなかった……。
……今、歴史が激しく蠕き始める……。